GUERLAIN
L'HEURE BLEUE EAU DE TOILET(1911年)
調香師:ジャック・ゲラン
おすすめ度:★★★★★
画像出典:公式HP
ゲランの魅力はラール エ ラ マティエールだけではない。200年近い歴史の重みであり、その間に創り上げられた数々の名香たちが今でも存在する層の厚さ。新作もあり、ルールブルーのような100年以上前の作品がいくつも揃えられているのは、もちろんゲランの他にない。
ルール ブルーは3代目調香師、ジャック・ゲランのよって1911年に創り出された香り。太陽が地平線の向こうに沈み、空にベルベットの夕闇が舞い降り、星が瞬く直前のシーンを見事に切り取った、優美なフレグランス。ゲランのなかでもっとも芸術性の高い香りだと思う。
トップはスパイシー・アロマティック。
アニスの薬を思わせるようなツーンとした硬さと、アロマティックなベルガモットの静かな甘さ。秋の夕暮れ、肌を刺すような空気の冷たさに、ピンと背筋を伸ばしてしまうようなオープニング。
ミドルはフローラル・パウダリー。
アニスに引きずられるように、フレッシュで硬質なカーネーションが花開く。カーネーションとベルガモットと組み合わせがとてもクラシカルで、ゲランらしい香りだと思う。
少しずつネロリやチュベローズ、さらにはローズの輪郭がはっきりしてくるが、これらフローラルは、奥から存在感を増していく、このフレグランスの主役アイリスをエスコートしているような役割にも映る。このフローラル主体のアイリスが特に素晴らしいと輝きを放つ。
ベースはパウダリー・バルサミック。
カーネーションやネロリ、ローズなどのフローラルの明るさを上層にしっかり残しながら、アイリスのふくよかなパウダリー感が強くなっていく。さらにはバイオレットが硬さを、ベンゾインが深みを加えていくことで、レザーのようなアイリスに香りに向かっていく。
そこから上層のフローラルが淡くなっていくものの、バニラやトンカビーンの仄かな甘さが、アイリスやカーネーションをやわらかく仕上げていくことで、香り全体のイメージを大きく損なうことなく、そのままドライダウンしていく。
日本で発売されているのは、このトワレとパルファム(香水)のみ。パルファムのフローラルの広がりや複雑さ、アイリスの深みはとにかくもう素晴らしい。でも、トワレの静けさ、香りの変化の早さが、夕方から夜に似合うのではと感じている。トワレでも4時間以上しっかり香ってくれる。
夕日と夕闇の狭間にアイリスを置くことで、ジャック・ゲランが見たのだろう、夜、星の瞬きを目にする前の束の間のシーンを見事にとらえている作品だと思う。
太陽(ここではカーネーションやネロリの明るさ)にアイリスを溶け込ますことで夕日に仕立て、さらにバイオレットで引き締めながら、最後はバニラで淡い白さを滲ませることで、夕闇の一歩手前、星が瞬く直前で止めているような、まるで絵画を見ているような香りであり、個人的にはアイリスの存在感が際立った作品だと思う。
100年以上も昔の香りに魅せられるのはなぜだろうか。それは、ルールブルーがその名相応しい、青い時間を描いた香りだから。人間で言えば100年という時間は3〜4世代も遡らなければならない。でも、夜になる前の青い空の色は100年前から変わっていない。きっと私の祖父母も、そのまた親も同じような空を眺めていたのだろう。
秋から冬の仕事の帰り道、東京の夜空を見上げると、藍色の空に淡い雲がはっきりと見える。そういう夜空を眺めると、決まってルールブルーを思い出す。
ルールブルーという芸術の香りを。