CHANEL
LES EXCLUSIFS DE CHANEL SYCOMORE(2016年 ※EDTは2008年)
調香師:ジャック・ポルジュ
おすすめ度:★★★★☆
画像:公式HPより
シコモアとはエジプトイチジクのことで、旧約聖書にも登場し、古代エジプトでは、生命の木として扱われていたらしい。
シャネルが創り出したシコモアの香りは、堂々とした一本の樹をイメージした、樹木が色づく秋や、大地に根を張り、空まで届きそうな枝を思い起こさせる、ピュアで雄大なフレグランス。
トップはウッディ・アロマティック。
スプレーすると、まずサイプレスのアロマティックなウッディの硬さと、鋭いピンクペッパーの刺激が香り立つ。そこにジュニパーベリーのみずみずしさを加えることで、透明な空気と、木々の硬さや湿気を連想させるような、フレグランスらしからぬ、とてもナチュラルでピュアなオープニング。
ミドルはウッディ。
鼻先はピンクペッパーやカルダモンのような爽やかな風が吹き、中ほどはメタリックなバイオレットを効かせたサイプレスの木枝感を、奥からはスモーキーなタバコとチンキのようなベチバーが全体を包み込む。とてもスモーキーなウッディノートだ。
そこから鬱蒼とした森の香りに沈んでいくと思いきや、鼻先にアルデヒドが現れることで、枝葉の隙間をぬって陽光が差し込むような明るさを添えてくれる。そのアルデヒドがとても素晴らしい。
実際に肌に合わせてみると、ジュニパーベリーのみずみずしさがさらに増して、まるで森の中にいるような心地よさを感じる。唯一無二のウッディノートだと思う。
ベースはウッディ・ムスキー。
チンキのようなスモーキーなベチバーと、かぎなれたドライなベチバーの二重奏を、クリーミーなサンダルウッドが柔らかく包み込んでいく。サンダルウッドに隠れたムスクが、ウッディ感やクリーミーなコクを目立たせることなく、しっかりとベチバーを立たせながら、まろやかにまとめていることに気づく。調香師の技が光っている。
このベースの香りはウッディの温もりと柔らかさのバランスが良いため、肌に合わせると得も言われぬ安心感を与えてくれる。そんな安心感に包まれたままドライダウンしていく。
持続時間はみずみずしいウッディが3時間程度、柔らかいウッディとムスクの香りはたっぷり8時間続く。
季節を問わない香り。終始、木々の温もりやみずみずしさ、爽やかな風、太陽の明るさに包まれる。とはいえ、この静けさがもっとも似合うのは秋かもしれない。
シコモアは、クリストファー・シェルドレイクの影響がもっとも色濃く出ている。明らかに他のジャック・ポルジュの作品と作風が異なっている。
私の鼻では、2種類のベチバーを感じ取ることができる。まず、チンキのようなベチバーで、ジュニパーを合わせることで生き生きとしたベチバーに仕立ている。一方、力強いベチバーには、サンダルウッドを合わせることで柔らかな深みを与えている。素晴らしいのは、そのサンダルウッドをムスクで薄めることで、サンダルウッド感を主張させず、ベチバーの深みがよりはっきりさせている点ではないだろう。
以前は、シコモアはシャネルの豊富なフレグランスのラインナップのなかで、もっともシャネルらしくない香りだと感じていた。ココシャネルのようなアイデンティティや、華やかさ、着飾った感、さらには高級ラインらしいラグジュアリー感もない。一言でいうと地味で、まったくラグジュアリー感がないと思っていた。
とんでもない話で、これほど贅沢なフレグランスは他にない。
自然の静けさ、自然の気高さ、自然との調和、自然への回帰。ラグジュアリー感に包まれる感動とは真逆の立ち位置にある、心が満たされる贅沢感。心に直接働きかけてくるような、とても内観的な香り。
ではアロマ的かというとそうではなく、ムエットではなく肌に合わせることで香りが完成するため、間違いなくフレグランスだと思う。
シコモアの凄さに気づいたのは、コロナ禍の影響が大きい。人と会う機会が激減し、家で過ごす時間が増えた。さらに、先行きが見えない不安、いつ感染するか分からない緊張感、自粛が当たり前という空気のなかで、生活や考え方も変化対応が必要になった。
そんなとき、何気なく手にしたシコモアは、ささくれだった心をリセットしてくれるような、まさに自分だけの香り。
こういう香りまでラインアップしているゼクスクルジフコレクションの引き出しの多さに圧倒される。