HERMES
IRIS UKIYOE(2010年)
調香師:ジャン=クロード・エレナ
おすすめ度:★★★★☆
画像:公式HP
エルメッセンス コレクションには、どれも香りの由来となる原料と、調香のエスプリを表す言葉を組み合わせた名前がつけられている(ジャン=クロード・エレナ著「調香師日記」より)
そして、ジャン=クロード・エレナはこのイリスウキヨエについて次のように述べている。
私はコレクターと名乗れるくらい浮世絵が好きなのだが、なかでもアヤメを描いている作品の印象が強い。有名な尾形光琳の『燕子花図屏風』も心に強く残っている。その世界観に影響を受け、自分の庭にも5月から6月にかけてアヤメの花を咲かせている。白い花青い花ー雪のような白さから羽毛のような白さ、濃い藍色からコバルトブルーまで、そして変化に富んだピンク色、そういった花々が競いあって咲く。
アヤメの花を眺め、匂いを嗅ぎ、花弁に触れて、五感を働かせるとき、浮世絵の世界と庭の情景が重なりあう。日本の画家のまなざしを通さずには、アヤメの花を感じることはない(同前)
フレグランスでイリス(アイリス、アヤメ、菖蒲)といえば、その花ではなく、根茎(オリスルート)を思い浮かべる。
ところが、このイリスウキヨエはアイリスの根茎ではなく、花にフォーカスを当てることで、まるで浮世絵のような繊細なタッチで、叙景的な香りの世界観が創り上げられている。
トップはシトラス。
スプレーすると、透き通るようなマンダリンのみずみずしい甘さを、眩しいと感じるくらいに明るいネロリが広げていく。
ミドルはホワイトフローラル。
少しずつマンダリンとネロリが水気を帯び、シトラスの青さが収まってくるのに呼応して、百合を思わせる、みずみずしく鮮やかな白いフローラル感がツーンと響きわたる。
奥から、花粉をまとったオレンジフラワーや明るいローズをそっと添えながら、一方ではバイオレットの青紫がかった硬めのパウダリー感と、さらにその周りを柔らかくきめ細かいアイリスのパウダリー感が包み込んでいく。
美しいフローラルの白いキャンバスに、青紫のパウダリーを吸収していくことで、真っ白い花が、ボトルのような菖蒲色にゆっくりと染め上げられているようなイメージ。
ベースはフローラル・パウダリー。
そんな淡い菖蒲色のフローラルと、ほんのりパウダリーなウッディムスクが調和することで、浮世絵のような静かなアイリスの花を香らせ、そのままドライダウンしていく。
持続時間は4時間程度。香りの構成は前半と後半に分けられると思う。
前半は、青みがかったシトラスから真っ白いアイリスの花が飛び出す瞬間、そのシトラスが水滴のようなベールとなり、アイリスにみずみずしいツヤを与えていく。うっすらと香るバイオレットが、アイリスの白さを引き立てている。ここまでが1時間弱。
後半は、薄青紫色に染められたアイリスと、静かなパウダリーやウッディが一体となり、平面的で穏やかに香りに映る。
前半がジャック=クロード・エレナが眺めた、5~6月の白いアイリスが咲き誇る庭を表現した香りだとすれば、後半はその景色を浮世絵としてスケッチしたような香りなのかもしれない。
2022年サロンドパルファン。
ジャン=クロード・エレナから、日本への深い愛情が伝わってきた。
複雑ではなくシンプルを良しとするというスタイル。日本という存在が、彼の香りに対する向き合い方に大きな影響を与えたことを知った。
イリスウキヨエは、日本を愛し、リスペクトした先に生まれた、全く新しいアイリスの花の煌めき。