GUERLAIN
PÉCHE MIRAGE(2025年)
調香師:デルフィーヌ・ジェルク
おすすめ度:★★★★☆

画像:公式HP
忘れかけていたこの感覚。
でも、初めてペッシュミラージュの香りをかいだ瞬間、眠っていた感情や記憶が戻ってきた。
香りで気持ちが高鳴ること。目の前のくすんでいた景色が、一瞬にして色彩鮮やかに変えてくれること。
そして自分は香りが好きで、なかでもピーチの香りが大好きだったことを。
ペッシュミラージュをスプレーしてみると、スパイシーにも感じられるビターレザーの鋭い焦げ感と、少し青みがかったジューシーなピーチの硬い甘さとのコントラストから始まる。それは高級なレザーを直に鼻に付けた時の革の刺激や深みと、桃を絞った時の果実が弾けるようなみずみずしさと甘さ。緊張感と美味しさ、深みと明るさが交錯し、複雑に絡まり合うような、完璧なマリアージュ。
ムエットよりも肌に乗せた方がピーチのみずみずしい甘さが強めに広がるため、さらにテンションが上がる。我らピーチ愛好家からすると、嗅覚だけでなく全感覚を持っていかれるような吸引力に身を委ねながら、これから始まるであろうピーチ劇場へ胸を膨らませてしまう、そんなオープニング。
5分ほどすると、レザーのトーンがみずみずしいピーチに包まれ、香りが重なり合っていく。ピーチの香りの最外層はカシスであり、このカシスの青っぽさとレザーのビター堅さ。この2つのピースがビタッとまることで、ピーチレザーの香りとして融合していくイメージ。
そして奥の方からキンモクセイの香りが上がってくる。明るいピーチを骨格に、フローラルのコクを抑え、そこにみずみずしいペアを加えたような、フルーティ主体の軽やかでフレッシュなキンモクセイの香り。
みずみずしいキンモクセイが表面を押し上げることで、レザー部分が少しずつスエードのような印象に移り香り、香り全体の色彩が白桃色に染められていく。
このミドルの香りは2時間くらい持続する。
やがて時間の経過とともに、まずレザーの香りが減退していく。
それでもフレッシュピーチ、さらにはキンモクセイの仄かなインドールを、アンバーやムスク、さらにはサンダルウッドの白いウッディ感が下支えすることで、ミドルまでのピーチスエードの印象を最後まで残したまま、5時間くらいかけてドライダウンしていく。
ペッシュミラージュの最後の最後まで色褪せないフレッシュピーチの香りに驚かされる。
ペッシュミラージュでは、グリーンケミストリーから生まれた新たな合成分子「メルバトン」が初めて使用されているのこと。じっくりかぎ込んでみると、ペアっぽい硬いトーンと、白桃のような白いラクトンを最後まで感じることができる。おそらくこれが「メルバトン」ではないかと思う。
ペッシュミラージュは「桃の蜃気楼」という意味で、調香師デルフィーヌ・ジェルクは公式HPにおいて次のようにコメントしている。
「インスピレーションの源となったのは、フランス人ビジュアルアーティスト シャルル・ペティヨンの作品。ペティヨンが白いバルーンを用いて創り出すオブジェが、蜃気楼のごとく、この香りの軌跡を映し出します」
「ペッシュ ミラージュが彫刻であったなら、シャルル・ペティヨンの代表作「インベージョン(侵略)」の形をしているでしょう」
「香りは目に見えないけれど、感情や心の奥深くに眠る記憶を引き出します。シャルル・ペティヨンの作品はそれを可視化します。香りの軌跡の具現化でもあるのです」
「インベージョン(侵略)」は、雲という輪郭が曖昧な存在を白いバルーン群で表現することで、可視化しているような作品だと思う。
ペッシュミラージュでは、ピーチという素材を「インベージョン(侵略)」のように、よりリアルに、よりみずみずしく、より美味しそうに、そしてフレッシュな香りをより最後まで持続させることで具現化し、感情や心の奥深くに眠る記憶までも引き出してしまうような素晴らしいピーチフレグランスとして仕上げている。
なぜ「桃の蜃気楼」と命名したのだろうか。
ここまでピーチを具現化してしまうと、「見えているのに触れられない」「触ったと思ったら消えてしまう」といった蜃気楼のイメージから遠ざかってしまうようにも思えてくる。
個人的にはむしろキリアンの「フラワー オブ イモータリティ」の方が「桃の蜃気楼」というタイトルを体現しているのではと感じてしまう。
それでもペッシュミラージュは、キリアンが織りなすピーチの世界観とは対極に位置する、ストレートなピーチへの讃歌であり、太陽神のような存在だと思う。



