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ルイ・ヴィトン:eLVes

LOUIS VUITTON

eLVes(2025年)

調香師:ジャック・キャヴァリエ

おすすめ度:★★★★★

公式HPより

あくまで一香水マニアの私見ではあるが、ルイヴィトンの「eLVes(エル)」はここ十年のNo.1フレグランスだと思っている。

 

何よりもエルは、長いフレグランス史においてエポックメイキング的な作品である。

なぜなら史上初めて天然ミュゲのエッセンスが使用されている、にもかかわらずミュゲの香りを前面に出していない、というよりもそもそも天然ミュゲのエッセンスの香りをかいだことがないため、その香りをなかなかキャッチできない。さらに公式HPでは、香りのテーマもナチュラルなミュゲの香りではなく「ヒロインを讃えるローズとアンバーの壮大な香り」と謳っている!


かつてミュゲは天然抽出が不可能とされていたため「沈黙の花」と呼ばれていた。しかしフィルメニッヒ社の技術革新により、世界で初めて商業ベースで、天然ミュゲのエッセンスが抽出され、このエルで初めて実用されたとのこと。

なぜジャック・キャヴァリエはこの革新的なミュゲのエッセンスを前面に出さなかったのだろうか?

 

まずはエルがどういう香りなのか辿ってみよう。

 

トップはフルーティ・スパイシー。
スプレーした刹那、冷たく鋭いスパイシー、ピーチ&カシスのフルーティ甘さ、そして重厚なローズアンバーの核、まるでこの香りの予告編のような複雑なオープニング。しかし30秒もするとピーチ中心にまとまり始める。

香りの構成を見てみると、ココナッツを含んだジューシー甘いピーチが中心。そのピーチ甘さに、カシスが熟れる前のみずみずしい硬さを与え、CO₂抽出のジンジャーが透き通るような抜け感を与え、さらにはこちらもCO₂シナモンがピーチの背骨のように香り全体を支えている。

肌に乗せると、想像以上にピーチ甘さが放出され、グルマン寄りだと感じる。ただカシスとフレッシュジンジャーがピーチ甘さへと沈まないように留めていて、さらにこのトップの分厚さはミドル以降の布石にもなっている。

 

ミドルパートでは、CO₂抽出のグラース産センティフォリアローズ、ブルガリアンローズ・アブソリュートに加えて、天然抽出ミュゲの超贅沢なフローラルブーケが咲き誇ると思いきや、トップのフルーティが分厚すぎるため、一気にフローラルへと転調しない。時間をかけて、緩やかにフルーティ・フローラルから、フローラル・フルーティに移り変わっていくイメージ。

香りの表層は、熟す直前で停止ボタンを押されたようなピーチ、でも中身はココナッツ甘い。そしてピーチを芯から染め上げていくような深紅のローズ、さらにはアンバーが広がっていく。実際にこの香りに包まれると、底知れぬローズの主役感を堪能できるが、ピーチと同様に前に出すぎず、また中心部もローズアンバーに一色に染められることがなく、どこか抜け感、そして違和感がある。この違和感こそが、エルの真の主役、天然ミュゲの存在だと思っている。

というのは、この天然ミュゲは我々が知っているミュゲの香りとして主張してこないため、探すことはなかなか難しい。使い込んでいくうちに、天然ミュゲがどういう香りで、どのような役割で配合されたのかを捉えられるようになる。

天然ミュゲはおそらく、抜けるようなフレッシュフローラルで、空気を含んだプリズムのように乱反射する香りなのでは思っている。ゼラニウムに似たアロマティックな硬さや、メタリック感を持ちながらも、重さはなく、透き通るようなフローラルの香り。

この軽さと反射が、重厚なローズアンバーの内側から空気と光を拡散させ、抜けていくような香りを演出しているのだと感じる。

 

ベースはフローラル・アンバー。

ベースの骨格は、ピーチやシナモンを内包した甘いローズとアンバー、そしてミュゲ。ベースまで来ると、よりミュゲの断片、プリズムのような生花感と、いわゆるアルデヒド的なみずみずしさが見えてくる。

何よりもこのベースの香りがとても素晴らしい。通常はこれだけアンバーやパチョリが重厚だと、官能的に沈んでいったと思う。ところがエルにはミュゲの冷気が最後まで残るため、香りが軽やかで澄んでいる。その結果、アンバーの重さやパチョリのアーシー感が透き通り、キラキラと輝くフローラルアンバーと、仄かなパウダリームスク感じながら、ドライダウンしていく。

香りはトータルで6時間以上持続する。

 

季節や性別を選ばない香り。

アンバーが温かく、しっかり持続するのに、香りがこもったり濁ったりすることがなく、どこまでもクリア。また、分厚いピーチの甘さや沈むこともなく、ローズの華やかさに溺れることもないなく、どこか涼しげで澄んでいる。

これら矛盾を明示したまま、新たなローズアンバーの香りとして、新たな香水の構造として完成させたことがエルの価値だと思う。ローズやアンバーなど個々の個性を抑えることなく、スパークさせたのは、間違いなく天然ミュゲの存在が大きい。

もちろん、一滴の天然ミュゲを入れることで、この香りが成されたわけではない。

ジャック・キャヴァリエは元フィルメニッヒのトップパフューマーであり、この技術や素材への理解があったからこそ、このエルという新たなヒロインが誕生した。

 

ヒロインを讃えるローズとアンバーの壮大な香り。
未来への希望。切り開く自らの道。女性を象徴する普遍的な勇気や強さ、美しさをあらゆる角度から包み込んだ「eLVes ルイ・ヴィトン」。自分自身と仲間の存在を高めるすべての先駆者を讃えた、大胆さと自由のマニフェストです。(公式HPより)

 

最後に、冒頭のジャック・キャヴァリエはなぜ天然ミュゲを前面に出さなかったのか考えてみたいと思う。

ヴィトンには「アポジェ(2017年)」というミュゲの主役の香りがある。

アポジェは、ジャック・キャヴァリエによる、ディオリッシモ以降のクラシカルなミュゲへのオマージュであり、忠実にミュゲという花をデッサンした、ミュゲの香りの完成形。であれば、あえてアポジェに天然ミュゲを加え、リライトする必要はなかったのだと思う。

一方でエルは、天然ミュゲを主役ではなく、「新たな香水構造」を開発するための素材として選択した。いや、もしかすると天然ミュゲの香りから新たな香水構造のインスピレーションが降りてきたのかもしれない。

未来を切り開くために。勇気や強さ、美しさをあらゆる角度から包み込むために。大胆さと自由のマニフェストのために、世界で初めて天然ミュゲを使われた香り「エル」。