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Captain D’s Fragrance Fragment:潔癖のジャスミンと爪の中の泥

 

私の目の前には『 Vertu de la Boue (泥の徳)』という名の一本の香水瓶がある。香水と呼ぶには多少の違和感があり、とある美しいブランドディレクターの精神を容赦なく解剖した、冷徹なメスというべきか。

世の中の香水が今日を生きるための「希望のドレス」であるなら、この香水は、己のなかの怪物を直視するための「真実の劇薬」に他ならない。

果たして『 Vertu de la Boue (泥の徳)』とはどんな香りなのか。

 

香りの表層:

​香水瓶を蓋を開けた瞬間、一気に体温が下がっていくような強い冷涼感と、その冷涼感が鋭利で硬質なガラスでコーティングされ、檻の中に閉じ込められていく。外界の体温を拒絶するような冷たさに包まれ、白色の檻に囲まれているかのような感覚。

一面、白の世界。その白い檻の中から、すべての汚れを覆い隠してしまうほどのクリーン感が沸き上がる。それは過去の汚れを覆い隠すためなのか、過剰なまでにクリーンが充満していくようなイメージ。

感覚、イメージと表現するのは、香りそのものはほとんど感知できないから。ガラス張りの無菌室に閉じ込められている?と錯覚してしまうような印象というべきか。

そこに、忘れかけていた嗅覚を呼び覚ますように、ミントの香りが鼻を刺す。しかし、ミントの香りだと感じながらも、知的な麻薬にも感じられる。

 

香りの中核:

一次的に鼻が麻痺しかけた刹那、その白の欺瞞は暴かれる!

最初の印象はジャスミンの美しい白の断片。そこから一気に、何万もの花弁から絞り出された血のようなジャスミンが、重くねっとりとした狂気の純白の香りとして昇華していく。

ただ、このジャスミンの至高の美しさには、醜悪が背中合わせで混ざり合っている。ジャスミン特有の糞便臭に加え、腐敗臭、排泄臭、さらには死臭などの汚泥が、最初は白いジャスミンの周りで見え隠れし、やがて完全に混ざり合うことで、直視できないほどの真に美しいジャスミンとして完成していく。

だが、最初は微かだったインクの香りが導火線となり、華やかな花弁の奥底に潜ませていた牙が剥き出され、爆発する。

 

香りの基底:

圧倒的な土の匂い!水分を含んだ生泥を表層に、何層にも連なる地層の厚み!単純な泥や土の匂いではない。何代もの人間により捏ねられ続けてきた、人間の執念や記憶までもわ尽くしたような地層の匂い。さらにパチョリが、地層をより暗く、より重くしている。

鼻先には煤や灰がアクセントとして絡みつき、まるで洗っても洗っても消えることのない業のように、鼻にずっと居座り続けている。

 

過剰なまで純白・潔癖だったジャスミンが、自らの醜い側面に侵され、さらには足元の土や泥に捕食され始める。しかし、捕食されるかと思うギリギリのところで、見事に融合し、漆黒のジャスミンとして、その牙や爪をさらしている。

 

なぜ、調香師はこのような香りを創り出したのだろうか。

今回のクライアントが纏う過剰なジャスミンは、彼女が過去の因習から逃れるための防壁ではなかった。実家の窯元の泥という「醜悪」を、同じ因子を持つジャスミンの「美」で相殺し、それは自らの手を汚さずに敵を圧殺するための、極めて洗練された悪意のシナリオとリンクする。さらに、洗っても洗っても消えなかった匂いは、彼女の爪の隙間に隠された牙そのものだった。

この『 Vertu de la Boue (泥の徳)』は、ジャスミンの「美」と「醜悪」を過剰以上に際立たせ、そのジャスミンに業という泥をたっぷりと吸い上げさせ、世界で最も獰猛なジャスミンとして咲かせた香りだ。

なぜなら、彼女が真に求めていたのは、救済などではなかったから。自らに流れる泥の執念を受け入れ、その泥をたっぷりと吸い上げることで、世界で最も獰猛なジャスミンとして咲き誇ること。彼女は、自らの悪意を美学へと昇華する「覚醒の武器」を求めて、このアトリエを訪れたのだ。

​彼女は『 Vertu de la Boue (泥の徳)』の黒い液体を自らの爪の隙間に深く擦り込み、不敵に笑って夜の街へ消えていった。私はあの後姿を、そして泥を吸い上げたジャスミンの濃密な残り香を忘れることができない。

​概念的ではあるが、彼女はもう二度とその美しい手を洗う必要はないのだろう。

 

もし、あなたがこのブランドディレクターの新しい香水を纏うとき、その純白の奥にある「黒い濁り」に気づくだろうか。いや、気づかずに、その完成された悪意の美しさのなかで、幸福に窒息するほうがいい。

そして私はこれからも、この「渚」に打ち上げられる真実を、私の言葉で記録し続けようと思う。