KILIAN PARIS
Her Majesty(2026年)
調香師:キャロリーヌ・デュミュール
おすすめ度:★★★★☆

「ハー マジェスティ(Her Majesty)」とは「女王陛下」の意で、最高位の女性君主を指す公式な敬称。最初にこの名前を聞いたとき、当然、なぜキリアンをこの名前を付けたのだろうかと考えた。
さらにハー マジェスティの原点は京都であり、ブランド初のシプレの香りとのこと。
優雅さと力強さを表現した、ブランド初のシプレフレグランス。
「ハー マジェスティ」のはじまりは、日本。
京都の哲学の道を歩いていたキリアン・ヘネシーは、そよ風に運ばれ、雪のように舞い散る桜の花びらの光景に心を打たれ、この美的体験をユニークな香りの創造へと昇華させました。自然なムスクをもたらすアンブレットシード、優雅さを表現するローズ、哲学の道沿いに流れる小川を思い起こさせるアクアティック ノート。シダーウッドが骨格を形成し、ピーチの繊細な囁きは、桜の花が持つ軽やかでフルーティな側面を想起させます。(ラトリエ デ パルファムより)
ハー マジェスティはどんな香りなのだろうか。
いやそれ以上に、なぜキリアンは、きらびやかな王室をイメージするような名を、京都の桜の花が舞い散るシーンからインスピレーションを受けた香りに託したのか........。
キリアン好きの日本人として解析してみたい思う。
トップはアクアティック・フルーティ。
スプレーすると、みずみずしいアクアティックな香りが広がる。そのアクアにピーチの果実を搾ったようなイメージ。すでにトップから軽やかなシプレの先端も感じられる。ピーチは肌に乗せた方が少し甘さが増す。
でもキリアンがお家芸とするピーチの香り、例えば滴るような果実味溢れるピーチや、甘酸っぱくどこか背徳じみたピーチ、まるで禁断の果実を思わせるピーチなどと比べると、ピーチはかなり控えめで、まさに小川にせせらぐ桜の花びらのように白く儚いトーン。
他のナーコティックの面々、キャラの強い彼女たちと比較しても、異質なほど静かで透き通るようなオープニングだと感じる。
ミドルはフローラル・シプレ。
トップから立っていた軽やかなシプレに誘われるようにダマスクローズが香る。じっくりかいでみると、少しグリーン味の強いローズで、キャンバス地のアクアティックと重なることでよりグリーンが目立って感じる。それでもピーチのピンク色とアンブレットシードの組み合わせは、薄ピンク色の繊細な桜を想起させるように演じている。
さらに時間の経過とともにアンブレットシードの柔らかさが増し、桜が持つ儚さと白さがうまく表現できていると思う。
ベースはシプレ・ウッディ。
ハー マジェスティの全体の約7割はシプレノートだと感じている。トップからミドル中盤までは軽快なシプレ、中盤以降、徐々にシプレらしい重さが備わってくる。いわゆるクラシカルなシプレであれば、オークモスやパチョリのパートだ。
ところがハー マジェスティは、クラシカルなシプレではなく、オークモスのキレやパピルス(紙)を活かすことで、前半の軽さと調和した、透き通るようなモダンシプレの香りに仕上げられている。
そこから、オークモスのアーシーな印象、仄かにスモーキーなウッディやパウダリーなムスクを漂わながら、全体像としては、静かで透明感のあるモダンシプレのままドライダウンしていく。
持続時間は6時間以上。軽やかで儚い印象を持たせながらも、土台がしっかりしているため、香りはそれほど淡くなく、最後までしっかり感じることができる。
キリアンらしいドラマティックさはなく、彼が京都の哲学の道を歩いていた時の情景が、そのまま見事なまでに再現された、叙景的な作品だと思う。
冒頭でも挙げた、なぜキリアンは「ハー マジェスティ」という名前にしたのか。また、なぜ京都を舞台にした香りをブランド初のシプレにしたのか。さらに、なぜこの香りのファミリーを「フレッシュ」ではなく「ナーコティック」にしたのだろうか。想像の翼を広げてみたい。
キリアン初のシプレの香り。フレグランスの歴史を紐解くと、かつてシプレノートは自立した強い女性の象徴だった。またシプレといえばベースノートという認識だと思う。
ハー マジェスティはクラシカルシプレの代表作ゲラン「ミツコ」へのリスペクトが感じられる。ミツコの香りの流れ(ピーチ→ローズ→オークモス)の流れを踏襲しながら、アクアティックやパピルスなどで、シプレの気品を残しながら、重さや深みを払拭し、完璧なモダンシプレへとアレンジさせている。
そしてキリアンが体験した、京都の哲学の道での心を打たれた光景。満開の桜がそよ風に運ばれ、まるで雪のように舞い上がり、空間を埋め尽くしていく圧倒的な美しさ。その光景を切り取ったのであれば、空をキャンパス地に見立てた、もっと華々しい桜の香りになったのだろう。
ところがキリアンが切り取ったシーンは違った。空や目の前の美しさではなく、足元、さらには足元から広がっていく時の流れに目を向けた。千年の歴史がしみ込んだ寺社の石畳、古い木々、土や苔、小川。そして小川を流れに身を委ねる、散った桜の花びら。土に還った花は、また来年へと続いていく。
このキリアンの目線と、シプレノートが持つ重さや深みが繋がり、融合することで、澄明でアクアティックなキャンパス地に、水面に浮かぶ桜、緑や土が散りばめられた、どこまでも透き通った静謐なモダンシプレの香りが生まれたのではと思う。
そして哲学の道での体験と、ブランド初のシプレの香りに対して、リスペクトを込めて、これ以上ない最高位の称号「Her Majesty」と命名したのではないだろうか。
さらに「Your Majesty(あなたの陛下)」ではなく、「Her Majesty(彼女、すなわち女王陛下)」という、誰かを特定しない三人称を選んでいる。
目の前にある花々に心は惹かれながら、今自分が立っている足元を大切にする。現代を生きる、自立したすべての女性に対して、キリアンは敬意を込めて「女王陛下」と呼んだのかもしれない。
キリアンらしからぬ?叙景的なテーマ、ブランド初のシプレ、ドラマティックではなく静謐で透き通るような香り。もう少し加えると、キリアン作品の特徴─ スプレーした瞬間、鼻を鷲掴みされるような中毒性の高さ─が封印されており、このハー マジェスティは、トップリッチではなく、ベースリッチの骨格となっている。
そう考えると「ナーコティック(麻薬的・魅惑的)」とは真逆の立ち位置にいるような香りに思えるかもしれない。
それでも、なぜキリアンはこの香りを「ナーコティック」にしたのか、何となく分かる。
私たちは、満開の桜のみではなく、散り際にも美しさを感じる。散った花びらが積もる土や浮かぶ水面でさえも美しい。散り際、儚さの美学。そして毎年、まるで吸い寄せられるように桜の樹の下に集まっている。
ハー マジェスティは、極めて哲学的で洗練された「ナーコティック」の香りだと思う。



