LE LABO
MUSC 25(2008年)
調香師:フランク・フォルクル
おすすめ度:★★★★★
出典画像:公式HP
ロサンゼルスのシティエクスクルーシブ、ムスク25。
個人的には、どうにでも解釈できてしまうムスクというテーマを真正面から向き合った、実にルラボらしい個性的な香りに仕上げられていて、一度でもこの香りに魅せられてしまうと、嗅覚に鮮明な残像が残ってしまうような傑作だと感じている。
トップはアルデヒド・フローラル。
スプレーすると、凛とした緊張感のあるミュゲの真っ白いフローラルと、固形石けんを思わせるアルデヒドのパウダリーの香り。かいだ全ての人が、清潔な石けんの香りと答えるようなオープニング。
ミドルはフローラル・アンバー。
鼻先は透明感のあるミュゲにローズを加えたフローラルアルデヒドの石けんの香りを漂わせつつ、奥からアニマリックな湿り気のある深みが、意外に軽いトーンで香ってくる。この部分はアンバーグリスで、ツンとした酸味をフローラルソープと調和させつつ、動物的な温もりも感じ取れる。
そしてさらには奥からは、もっと濃厚な動物的な深みがその存在を隠しきれなくなっていく。
ベースはムスキー。
フローラルアルデヒドの余韻を香らせつつ、奥からは湿り気のあるパチョリやベチバーやセダーの深み、さらにはシベットのアニマリックなコクが香ってくる。これらウッディやアニマリックの温もりや深みを、ムスクの柔らかな白い抜け感で沈ませることなく、ムスクの香りとしてまとまらせ、そのままドライダウンしていく。
まだそれほど多く肌に乗せられていないけれど、フローラルアルデヒドを効かせたアニマリックなムスクが3〜4時間、温もりのあるムスクは6時間以上持続する。
表層は清潔なアルデヒドが拡散し、深みのあるムスクは肌に寄り添うため、季節を問わず使うことができると思う。
表層の純白なフローラルアルデヒドに対して、ベースはアマリックなムスク。この対極的な白い香りの中間にアンバーグリスを置き、アンバーグリスの硬さと動物的な温もりがそれぞれ分かれて香ることで、対極を見事に収めたような作品だと感じる。
ではルラボはなぜムスクの香りをロサンゼルスの香りとしたのだろうか。公式HPには「その理由は、性別を持たない天使たちが、魅力的な香りに誘惑されたからです」とある。ロサンゼルスとは「天使がいる町」の意味のため、ムスクを使うことで天使を表現したかったのかもしれない。
でも、本当のムスクの香りはもちろん、天使のような香りではない。
巷にはムスクという名の偽物の香りが溢れかえっている。多くの人が天然のムスクの香りを知らないことをいいことに、ムスクという偶像が量産されている。
そして本当のムスクの香りは侵されて、失われつつある。
ムスクは麝香と呼び、かつては雄の麝香鹿を殺して、その下腹部にある香嚢を切り取り乾燥させて採取していた。乾燥させることでアンモニア様の不快な臭みが薄れ、これをごく少量香水に加えることで、香りに深みや広がりや持続性を与えたとされる。ムスクがあまりにも魅惑的な香りのため、麝香鹿は乱獲され、絶滅の危機に瀕した結果、現在ではワシントン条約によって商用目的取引は制限され、天然のムスクの香りはほぼ流通されていない。
以前、天然の乾燥ムスクをかいだとき、良い香りというよりも、動物らしい臭みや深みが強いと感じた。
きっと偶像のムスクが好きな人からみれば、このムスク25の香りは、動物臭いと感じてしまうのではないだろうか。
ルラボはあえて、表層は絵に描いたような清潔な石けん調のフローラルアルデヒドで覆い、付けた本人のみが動物臭いムスクの香りに浸れるような香りを創ったのではと考えてしまう。
なぜならロサンゼルスは天使の町と呼ばれるけれど、天使などいない。もし天使がいたとしたら、それは偶像のムスクの香りではなく、このムスク25のように、生き物に匂いや温もりこそが天使の香りでは、そう伝えたかったかもしれない。
なかなか悪意のある、でも一度触れてしまうと惹きつけて止まない魅力溢れるムスクの香りだと思う。この磁力こそが、ムスク本来の魅力だと思う。