フレグランスアッセンブル

フレグランスの香りの変化を解析するサイト

Captain D’s Fragrance Fragment:潔癖のジャスミンと爪の中の泥

​ 私の目の前には『 Vertu de la Boue (泥の徳)』という名の一本の香水瓶がある。香水と呼ぶには多少の違和感があり、とある美しいブランドディレクターの精神を容赦なく解剖した、冷徹なメスというべきか。 世の中の香水が今日を生きるための「希望のドレ…

小説「渚の処方箋」2話⑤

​第五回:その泥を吸い上げて、気高く咲き誇れ ​ 「『泥の徳』……。最高の嫌がらせね、志乃さん」 ​Keikoは、志乃から渡されたガラスの小瓶を、愛おしそうに指先で包み込んだ。 もう、その指は震えていなかった。 都会的な無菌室の香りは、彼女自身の手によっ…

小説「渚の処方箋」2話④

第四回:爪の中の窯元 ​アトリエのクリーンな空気の中で、その黒く染まった紙片だけが、異物のように生々しく存在していた。 ​Keikoは震える指先で、志乃の手からムエットを受け取った。その短い爪の隙間を、彼女はまだ無意識に、肉に食い込むほど強く擦り合…

小説「渚の処方箋」2話③

第三回:美と醜の調合 ​アトリエの空気が、一段と張り詰めた。 ​「わかりました。調合を始めましょう。……あなたが本当に求めている、最も獰猛な香りの調合を」 ​志乃はそう言うと、迷いのない足取りでデスクを離れ、棚の前に立つと、三十本弱のガラス小瓶を…

小説「渚の処方箋」2話②

第二回:洗練の解体 ​「その消えない泥の匂いに心当たりがありますね?」 ​志乃の言葉は、アトリエの無機質な活性炭フィルターの駆動音に混ざり、硬質に響いた。 ​椅子の上で、Keikoの身体が一瞬、微かに強張ったように見えた。しかし、彼女はすぐにその完璧…

小説「渚の処方箋」2話①

​第一回:無菌室のデザイナー ​六月の隅田川は、早くも夏の匂いを孕んでいる。川面から吹き上がる風には、湿った川床の匂いと、アスファルトが熱せられる特有の埃っぽさが混ざり合っていた。 ​蔵前の、古びた雑居ビルの急な階段を上る。重い鉄の扉を開けた瞬…

ルイ・ヴィトン:eLVes

LOUIS VUITTON eLVes(2025年) 調香師:ジャック・キャヴァリエ おすすめ度:★★★★★ 公式HPより あくまで一香水マニアの私見ではあるが、ルイヴィトンの「eLVes(エル)」はここ十年のNo.1フレグランスだと思っている。 何よりもエルは、長いフレグランス史…

ゲラン:シャリマー ミレジム ローズ

GUERLAIN SHALIMAR MILLÉSIME ROSE(2026年 限定品) 調香師:デルフィーヌ・ジェルク おすすめ度:★★★★☆ 公式HPより シャリマーとゲルリナーデを融合させたミレジムシリーズ。 ヴァニラ(2021年)、トンカビーン(2022年)、アイリス(2023年)、ジャスミン…

フレデリック・マル:アン パッサン

FREDERIC MALLE EN PASSANT(2000年) 調香師:オリビア・ジャコベッティ おすすめ度:★★★★☆ 公式HPより 近年、注目のライラック。 そんなライラックの香りの中でも、発売から四半世紀を迎えた「アンパッサン」は、もはや古典的存在といえるかもしれない。ま…

小説「渚の処方箋」1話⑤

第五回:渚の境界線 ​鼻腔の奥に劇薬が侵入した瞬間、真壁は、自分の足元にあるはずの「現在」という床が消失したのを感じた。 ​吸い込んだのは、単なる香りではなかった。それは意識の深層に突き刺さる重い楔(くさび)だった。アトリエ渚の、あの無機質な…

小説「渚の処方箋」1話④

第四回:志乃の処方箋 ​志乃が手に取ったのは、ガラス製の細い攪拌棒だった。書き換えられ、黒いインクで汚れた処方箋。その処方箋を見つめながら、既に彼女の感覚は完全に指先へと転移していた。 ​動きには一切の淀みがない。ライブラリーの中から、重厚な…

小説「渚の調香師」1話③

第三回:記憶の部品 その写真は、真壁の指先の熱を吸い取っていくかのように冷たかった。自室の机に置かれた「結衣」の姿。五年前、光の中に溶けかけていた彼女の輪郭は、アトリエ渚で嗅いだあの匂い――古い紙束と、乾ききった潮風の記憶――と重なった瞬間、暴…

シャネル:N°5 オードゥ トワレット(2026)

CHANEL N゚5 オードゥ トワレット(2026年)※オリジナルは1924年 調香師:オリビエ・ポルジュ おすすめ度:★★★★☆ 公式HPより N°5 オードゥ トワレット(以下EDT)が新しく生まれ変わると聞いて、「何を今さら」などとは全く思わず、逆にシャネルらしいなと納…

小説「渚の処方箋」1話②

第二回:言語化する傍観者 二度目にアトリエ渚を訪れたとき、真壁の足取りは前回よりも重かった。蔵前の路地に入ると、肌に纏わりつく湿度が、まるで記憶の澱のように重く感じられる。一度自覚してしまった「空白」は、埋めようとすればするほど、その縁から…