フレグランスアッセンブル

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キリアンをめぐる男と女の香り

 

キリアンについて

キリアンは、ヘネシー・キリアンによって2007年10月に設立された。2022年10月にキリアンは15周年を迎える。

 

キリアンといえば、香りへのこだわりはもちろん、ストーリーへのこだわり、そしてボトルへのこだわりなど、こだわり抜いたそのラグジュアリーな世界観に魅了される。

 

キリアン自身が「黄金時代」と呼んでいる2007年から10年間(エスティローダーによる買収は2016年2月)。

この10年間で「ルーヴル ノワール」「アジアン テイルズ」「イン ザ ガーデン オブ グッド & イーブル」「アディクティヴ ステイト オブ マインド」「カルぺ ノクテム」など、さまざまなコレクションと、35作品のストーリー(=香り)を展開していった。

「ストーリー(=香り)」と書いたのは、キリアンの香りの特徴は、まずコレクションありきで、その中にいくつかの場面(ストーリー)があり、名前が付けられる。その後、ストーリーを体現できる調香師を選び、ボトル、クラッチケース、さらにはトラベルスプレーのデザインが決められる。そして一番最後に香りが作られていく。

こんな方法で香りを作るのは、キリアンだけではと感じる。それくらいストーリーに重きをおいてきた。

 

2018年10月日本に上陸。私がキリアンと出会ったのはこの直後で、なかでも日本橋高島屋のバーカウンターをイメージした店頭に足を運ぶ度、その世界観に魅せられた。

 

2019年、ブランド名が「by Kilian」から「Kilian Paris」に変更になり、香りもコレクション編成から、香調別に改編され、4つの香りのファミリー「セラー」「ナーコティック」「フレッシュ」「スモーク」に分けられた(この改編について語り始めると止まらなくなる)。

2020年、「リカー」が発売され、現在は5つのファミリーとなっている。

 

尚、最後のコレクション作品、ダーク ロード(2018年)は、オスカー・ワイルドの「紳士とは、意図せずして誰かの気持ちを傷つけることがない人のこと」という言葉からインスパイアされた香り。

 

そのオスカー・ワイルドには、こんな言葉もある。

男は女の最初の恋人になりたがるが、女は男の最後の恋人になりたがる。

 

初めてこの言葉を知った時、キリアンの香りとつながり、一気にパズルが揃ったような感覚を得たことを思い出す。

キリアンの香りは、恋に落ちてしまうくらいの痺れるような色気と、溺れてしまうほど中毒性が共存している。どちらかと言えば、男性に向けた香りは色気重視、女性に向けた香りは中毒性重視のように思えてくる。

そう考えると、男性の香りは「セラー」に、女性の香りは「ナーコティック」に集約されているのかもしれない。


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今回は、そんなキリアンの男と女の香り、「セラー」と「ナーコティック」について述べていきたい。

 

 

ザ セラーズ

キリアンがアレンジした、ウッディのあらゆる姿。

 

ブラックファントム -メメント モリ

ブラック ファントムは、カルぺ ノクテム コレクションとして2017年に発表された。

個人的にはキリアンのメンズフレグランスの最高傑作であり、これほど色気の強い香りは他に知らない。

とろけてしまうくらい甘いミルクと、ビターなチョコやコーヒーとの対比に、セクシーなラム酒が絡み合う。鋭くも重厚なウッディがとても男らしい。 

ビターとスイート、ブラックとホワイトが調和・熟成していくことを拒絶し、それぞれがギラギラとした色を放っている。この二面性がたまらなくセクシーだ。

あまりにも色気が強すぎるため、使用する場面などほとんどない。非日常的で、究極のラグジュアリーな香りだと思う。

 

ストレート トゥ ヘブン -ホワイト クリスタル

ストレート トゥ ヘブンは、ルーヴルノワール コレクションからの作品で、ブランド設立時の2007年、最初の6作品のうちの1品として発売された。

スパイシーの冷涼感、コニャックを思わせる酒の匂い、樽のようなウッディの深みと男らしい野性味を合わせた香り。

最初期ということもあり、キリアンの本質が垣間見える作品。

爽やかさ、逞しさ、力強さ、色気などのスペックで着飾るのではなく、冷静、情熱、知性、包容力など、男らしさそのものを宿らせる。

それは、ブラックファントムの対極に位置する男らしさではないかと感じる。

 

イントキシケイテッド

イントキシケイテッドは、アディクティブ ステイト オブ マインド コレクションとして2014年に発売された。

イントキシケイテッドとは酔った状態、陶酔、中毒の意で、「ザ セラー」の中ではもっとも中毒性の高い香り。

トップからミドルは、カルダモンコーヒーの苦みがスパイシーと絡み合い、クルーでスタイリッシュな、颯爽としたアロマティックな香り。

ミドルからベースは、トルココーヒーの甘さが強くなっていくことで、コーヒーの深みを引き立せ、男らしさを増していく。

表層はコーヒーならではのリラックスを感じる香り、ところが奥からはビターな深みに包まれた色気のある甘さ。自分が放つ香りに陶酔するとともに、中毒になってしまうような香り。

 

 

ザ ナーコティックス

ローズ、チュベローズ、オレンジブロッサム、クチナシ.......キリアンの花々は麻薬的な依存性がある。

 

ラブ -ドント ビー シャイ

ラブは、ルーヴルノワール コレクションからの作品で、ブランド設立時の2007年、最初の6作品のうちの1品として発売された。

抗しがたい魅力の溢れる香り。

官能的なグルマン甘い香りは数多い。でもこのラブは肌のような弾力がある。なぜならマシュマロにインスパイアされた香りだから。

そして、そのマシュマロ甘さを軽やかなフローラルが覆っているため、表層は初々しく、緊張感があり、官能的な甘さに溺れていかない。セクシーではなく、センシュアルな女性の香りだと思う。

でも、マシュマロ甘さを含んだ甘美なネロリに触れるたび、嗅覚が掴まれ、依存してしまうような、中毒性の高い香り。

 

リエゾン ダンジェルーズ -ティピカル ミー

リエゾン ダンジェルーズは、ルーヴルノワール コレクションからの作品で、ブランド設立時の2007年、最初の6作品のうちの1品として発売された。

コデルロス・ド・ラクロの小説「危険な関係」からインスパイアされたにもかかわらず、みずみずしさ溢れるピーチローズの香り。

青みを残した硬いピーチから、華やかなローズへの流れは、少女から大人に至るようで、とても自然な流れのように映る。

でも、そこにプラムの酸っぱい甘さをココナッツのクリーミーな甘さを忍ばせることで、大人らしさの中から少女のような面影が感じ取れる。

このギャップこそ「ナーコティック」の核であり、中毒の正体だと思う。

そして、キリアンが創り出す様々なピーチの香りは、どれも素晴らしく、中毒性も高い。

 

グッドガール ゴーンバッド

グッドガール ゴーンバッドは、イン ザ ガーデン オブ グッド & イーブル コレクションとして、2012年に発売された。今ではキリアンの代表作になっている。

改めて、なぜこの香りが人気なのか考えてみると、やはりストーリー、そしてネーミングに相応しい香りに仕上げられているからだと思う。

グッドガールとゴーンバッド部分の対極的な構成。可愛らしく若々しいフルーティと、華やかでもどこか暗さのあるフローラルウッディ、あえてギャップを大きくしている感がある。

そこにフルーティにもフローラルにも振れるオスマンサスを配置することで、まるでストーリーをなぞるかのように香りが展開していく。

さらにその香りに流れに、軽いムスクから重いムスクを寄り添わせることで、肌に乗せた時、よりドラマティックに香り立つ。

このグッドガール ゴーンバッドこそが、キリアンが求めたフレグランスの完成形であり、そのため多くの女性や男性を魅了するのではないだろうか。