FREDERIC MALLE
UNE FLEUR DE CASSIE(2000年)
調香師:ドミニク・ロピオン
おすすめ度:★★★★☆
画像:公式HP
ユヌ フルール ドゥ カッシー(カッシーの花)は、フレデリック・マルのブランド創設当時からの香り。
おそらく玄人にしか受けないだろうという香りを、創設当初からラインナップしてきた、マルのニッチ魂は凄まじい。
ところで、あまりなじみのないカッシーの花とはどんな花なのだろうか。
資料(『調香師が語る香料植物の辞典』原書房)を読んでみると、カッシーとはフランス プロヴァンス地方特有の樹木で、フレグランスの世界ではアプレロンデ(1906年)で初めて使用されたらしい。古くは『カルメン』にも登場しているとのことだが、ここでは割愛する。
ただ、ドミニク・ロピオンは「この花は「策略家」で扱いが難しい」と考えながらも、カッシーを使ったフレグランスを創作することに情熱を注いでおり、ユヌ フルール ドゥ カッシーについて「カッシーの才能を賛辞しているとよいと願う」と述べている。
私としては、調香師の情熱をそのままフレグランスとして世の中に出す、マルというブランドに賛辞を呈したい。
ユヌ フルール ドゥ カッシーは、1930年代のパリを彷彿とさせる香り(公式HPより)。
トップはフローラル・アルデヒド。
スプレーした瞬間は、アルデヒドを効かせたクラシカルなフローラルがバラバラと広がる。少し経つと、ローズを骨格としたフローラルアルデヒドにまとまっていく。うっすらとミモザのパウダリー感や、ローズの油っぽさ、薬品にも似た苦みが漂っている。かなり特徴的なオープニング。
ミドルはパウダリー・フローラル。
トップにも感じた花の油っぽいコク、カシスのようなみずみずしいグリーン、さらにはアニスにも似たフレッシュな硬さを織り交ぜた、イエローフローラルが力強く香り立つ。おそらくこれが希少なカッシーフラワーの香りだと思う。
アブソリュートならではのコクがツーンと鼻を刺激し、その香りをかぎにいくと、ササッとパウダリーな甘さに逃げていくような、その全容を捉えることができないイメージ。
このカッシーには常にミモザが寄り添っていて、カッシーの粗さをふんわりと優しく和らげている。さらにはジャスミンの官能的なスパイスも添えられている。
ナチュラル感、さらには埃っぽさを併せ持ったイエローフローラルの甘さは、クラシカル的な情緒や、洗練された佇まいがあり、とても美しいと思う。
ベースはフローラル・ウッディ。
そのイエローフローラルと、サンダルウッドやムスクやバニラのクラシカルなソープ調、さらにはカシュメランのウッディムスクの香り。
最後はバニラやサンダルウッドが、イエローフローラルの蜜甘さやパウダリー感を引き立たせ、フローラルの余韻に浸りながら、最後はムスクに包まれドライダウンしていく。
最初の10分はアブソリュート特有のコクがダイレクトにそのまま顔を出してくるため、少し躊躇する。でもそれ以降は、イエローフローラルならではのみずみずしいパウダリーなフローラル甘さを堪能しながら、6時間くらい持続する。
ナチュラルなイエローフローラルを主体とした、春にとても似合う香り。ベース部分はバニラやウッディが柔らかく香るため、秋でも映えると思う。
ユヌ フルール ドゥ カッシーは、クラシカルな趣きを持ちつつ、いくら記憶を遡ってみても、そんな香りはどこにも見当たらないような香り。
それはトップとベースをクラシカルで囲みながら、香りの中心には扱うことが難しいとされるカッシーをほぼそのまま置くことで、全く新しい香りが創り出されている。
そして、カッシーへの敬意と、誰一人主役として扱ってこなかったカッシーという素材へ挑戦が感じられる。
ではドミニク・ロピオンはカッシーの花を主役に置いたのだろうか。
ヌユ フルール ドゥ カッシーをじっくりかぎ込んでみると、スプレーした瞬間からスパイシーグリーンの鋭さや、油っぽい重さ、薬品のようなハーバルな苦みがはっきりと感じ取れる。これがカッシーだと思う。
ところが落ち着いてからのイエローフローラルがとにかく素晴らしい。ミモザだけでは華やかな花の蜜のような甘さは出せず、イランイランではフェミニンになりすぎてしまう。草木ようなナチュラルさ、きめ細かなパウダリー感、春を凝縮したような花のみずみずしい甘さにとても癒される。
カッシーやミモザの呼吸を感じながら、気候や体温と調和し、香りが変化していく。背後のサンダルウッドやバニラが柔らかく、どこか懐かしく安心する。
ヌユ フルール ドゥ カッシーは、プロヴァンスの風とフランスの空気に包まれる香り。