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キリアン:ダークロード エクス テネブリス ルク

KILIAN

DARK LORD ‘EX TENEBRIS LUX’(2018年)

調香師:アルベルト・モリヤス

おすすめ度:★☆☆☆☆

 

画像:公式HP

 

ダークロードはキリアン最後のコレクション作品として、2018年に発表された。以降、コレクションはなくなり、現在では香調別の5つのファミリーに分けられている。

当初は、カルぺ ノクテム(今を生き、今日を楽しむ、夜の世界)コレクションであり、その1作目ブラックファントム(2017年)とは、真逆に位置する香りに仕上げられている。

 

ダークロード(闇の紳士)には、エクス テネブリス ルクス(闇から光へ)という副題が付けられており、オスカー・ワイルドの「紳士とは、意図せずして誰かの気持ちを傷つけることがない人のこと」という言葉からインスパイアされた香りとしている。

 

そして、このダークロードは、数あるキリアンの香りのなかで、もっとも薦めにくい香りではと感じている。

最初期のストレート イン ヘブン(2007年)の延長線上にあたり、まるでヘネシー・キリアンの原風景やアイデンティティに踏み込んだような香り。キリアンの作品の中でも異彩を放っている。

 

トップはスパイシー・アロマティック。

スプレーすると、かすれたベルガモットの香り。かすれたと感じるのは、四川花椒の刺激がベルガモットをアロマティックに誘い、そこにブラックペッパーの焦げ感、さらには墨汁を思わせるハーバル感に一気に塗りつぶされてしまうから。

ダークという名に相応しい、暗いオープニング。

 

ミドルはアロマティック・ウッディ。

香りの芯にトップの暗さをしっかり残しながら、甘さを抑えたラムや、ダバナのハーバルアロマティック感が広がっていく。そこに真っ白いジャスミンが、アロマティックと調和し、みずみずしい花を咲かせる。真っ黒いキャンパスだからこそ、アロマティックなジャスミンの美しい白さが輝く。ここまでが1時間くらい。

中心部のダークな香りが、ベチバーのアロマティックな部分と融合することで、徐々にジャスミンの白さを呑み込んでいく。それでもこの漆黒のベチバーに抗うジャスミンのみずみずしさに心が奪われる。ここまでが2時間強。

 

ベースはウッディ・レザリー。

アロマティックとスモーキーなベチバーが混ざり合うことで、湿ったレザーのような香りになり、そこにジャスミンのインドールが溶け込むことで、仄かな野性味を帯びていく。着飾ったレザーではなく、薄汚れたスモーキーレザーの香り。

やがて、アロマティックな磁気に包まれた、タールのように湿ったウッディレザーの香りに。さらにはシプリオールのハーバルグリーンにも似た香りが、奥からバックライトを当てることで、少しずつ湿気を乾かし、最後はスモーキーなウッディレザーの香りを放ちながらドライダウンしていく。持続時間は5~6時間くらい。

 

ダークさを全面に出したウッディレザリーの香り。スモーキーで湿り気が強く、乾燥した秋冬の夜、特に空気が冷えきった冬の夜に似合うと感じる。

 

キリアンが得意とするラグジュアリーな世界観、官能的な表情、痺れるような色気、ドラマティックなストーリーが全て封印されている。

なぜキリアンは、このダークロードを最後のストーリー作品として選んだのだろうか。

 

先にも述べたとおり、ダークロードはストレート トゥ ベブンの延長線上にあり、ストレート トゥ ヘブンを中心に、男らしい色気や力強さを加えていった作品がブラックファントムだとすれば、逆にそういう飾りの部分を切り取っていった作品がダークロードだと思う。

 

公式HPを見ると、ダークロードについて次のようなことが書かれている。

キリアンは、クラシックなベチバーを現代的に解釈した作品を作りたいと考えていた。

なぜなら彼の祖父は、ディオールのオーソバージュを濡れた髪に塗り、櫛でとかして使用するくらい愛していたから。

毎朝、祖父から漂う、タバコのパイプの匂いと混ざったオーソバージュのベチバーの香りは、キリアンの最も古い嗅覚の記憶のひとつである。

この内容だけ見ると、タバコ+ベチバーは祖父の朝の香りということになる。

 

一方で、ダークロードはオスカー・ワイルドの「紳士とは、意図せずして誰かの気持ちを傷つけることがない人のこと」という言葉からインスパイアされた香りだ。

しかし冷静に考えてみると、この言葉はとてつもなく重い。意図せずに誰のことも傷つけないということは、その当人の気遣いや配慮、言動や立ち振舞いは凄まじいものではと想像する。それは、意図しない相手の言葉や態度によって、数え切れないほど傷つけられた裏返しともいえる。

 

キリアンは、この紳士のあるべき姿を祖父に投影させたのかもしれない。

 

一人きりの深夜、家庭人や仕事人としての鎧を外す。恋人の前で魅せた、着飾った衣装を脱ぎ捨てる。

その緊張感、不安と安心感。意図せず誰かを傷つけてしまったことへの後悔と苦悩。

もうそこには、ラグジュアリー、ストーリーが入り込む余地すらない。

 

ダークロードを浴びると、暗さや緊張から始まる。

闇と光、乾きと潤い、清と濁が入り乱れ、それらを生々しいベチバーが暗闇に沈めていく。

でも、どんな闇夜でも朝が訪れるように、うっすらと朝日の外輪が感じられるところで、この香りは終わる。

 

そう考えると、ダークロードは深夜、苦悩と向き合うための香りではと思えてくる。

闇から光へ。闇のような苦悩の先には光がある。

 

キリアンは闇から光の香りを、最後のストーリー作品に選んだ。

 

それは、誰の目も気にせず、一人苦悩と向き合いたいときに、そっと手を伸ばしてしまう香り。