GUERLAIN
ARSÈNE LUPIN VOYOU(2010年)
調香師:ジャン=ポール・ゲラン
おすすめ度:★★★★★


(公式HPより)
現在4作品ある、ゲランのメンズ エクスクルーシブ コレクションのなかで、このアルセーヌ ルパン ヴォワイユがもっとも汎用性の高い香りだと感じている。
もっと言えば、ゲランに限らず、メンズフレグランスというカテゴリーなかで、価格を無視すれば、もっとも使いやすい香りであり、もし明日から1本のフレグランスしか使えないとしたら、このルパンを選ぶと思う。もちろん実際にそうなったら、死ぬほど悩むことは間違いないけれど。
もっと男らしい香り、もっと爽やかな香り、もっとラグジュアリーな香り、セクシーな香りはたくさんある。そういうキャラの立った香りほど、使うシチュエーションや季節が限定されてしまう。とはいえ汎用性の高い香りはそれこそごまんとある。
ルパンは汎用性が高いが、それ以上に溢れんばかりの魅力が詰まった香りだと感じている。
木枠の重厚なボトルをスプレーすると、
トップはスパイシー・シトラス。
コリアンダーの鋭く青っぽいスパイシーと、爽快なレモン。とても若々しい印象のメンズらしい幕開け。ほんのり香るベルガモットが、ゲランらしいクラシカルな印象を添えるものの、トップはよくあるメンズフレグランスの範疇だと思う。
ミドルはアロマティック・フローラル。
フレッシュな印象から、セージのアロマティック感が増していく。スプレーして10分くらいのフレッシュなアロマティックは、本当に普通の香りだと感じるが、ここから表面は普通の香りを装いながら、奥の方では香りがどんどん変化していく。
表層のアロマティックは、アルテミシア(ヨモギ)のハーバルな硬さが加わり、少しずつ精悍な印象が足されていく。さらにスモーキーなカルダモンや、湿り気のあるクローブのスパイシーな辛さが、男らしい深みを演出する。
一方で、奥からはとても華やかなローズが誇らし気に香ってくる。グリーンを効かせたスタイリッシュなローズではなく、どちらかというと透きとおるようなローズで、このローズがアロマティックに溶けていくようなイメージ。
私はこのルパンは必ずウエストに使うことにしているが、つけてから30分くらい経つと、この華のあるアロマティックが鼻を刺激してきて、その香りのあまりの格好良さに陶酔する。精悍なフレッシュアロマティックの香りの奥に潜む、華のあるローズ。相手からはこの香りはどのように映っているのだろうか。そんなことを想像してしまうくらい、ミドルは複雑で、香りの表情が多彩だ。
ベースはウッディ・オリエンタル
表層はフレッシュなスパイシー、ハーバルやスモーキーな印象を持った男らしいアロマティックな香り。中ほどは華のあるローズにベンゾインの柔らかい甘さや、サンダルウッドの深みが補強されていく。この香りだけ見ると、もはやレディースのオリエンタルのようにも感じる。それらを野性味のあるラブダナムやパチョリが男らしくまとめたような香り。
最後はアロマティックが抜けていき、サンダルウッドやパチョリのウッディと、ベンゾインのなめらかな甘さのままドライダウンしていく。
持続時間は華のあるアロマティックまでが2時間くらい、少しずつ甘さを見せたウッディが5〜6時間くらい持続する。
汎用性の高い香りとはいえ、甘さやウッディもそれなりに強いため、真夏以外は使えるのではと思う。
ゲランの公式サイトを見ると、このルパンの香調は「フレッシュ ウッディ アロマティック」としており、その香りを次のように説明している。
ダイナミックで少し生意気、チャーミングな香り。
フランス作家、モーリス・ルブランによる小説のヒーロー〈アセーヌ ルパン〉。怪盗であり、そしてプレイボーイでもある彼の情熱的な二面性を表現。フレッシュなアロマティックノートとフローラルやスパイスノートが奏でる絶妙なハーモニーで、女性を虜にする香り。(公式HPより)
そうなのだ、この香りは紳士然とすました顔の裏側に、近づいた女性を虜にするような情熱的な罠が仕掛けられている。クールな怪盗でもあり、プレイボーイでもあるルパンの二面性が見事に表現された、ジャン=ポール・ゲラン最晩年の傑作だと感じる。
そしてフランス人にとってはチャーミングな香りは、日本人にとってはかなりセクシーな香りとして映る。
その人のギャップは、異性にとって魅力に感じる。そのギャップが大きいほど惹きつけられるのではないだろうか。
そういった意味でも、アルセーヌ ルパン ヴォワイユは、メンズフレグランスの鉄板のスパイシーアロマティックウッディの香りを漂わせながら、その距離が近づくにつれて、甘くセクシーな香りが刺激してくるような、理想のフレグランス。
2021年9月、ゲランのフレグランスのラインナップは大きく変わる。
メンズエクスクルーシブは、エクスクルーシブラインに統合される。4作中2作は廃盤となり、このルパンは名前を変えて継続されるようだ。
しかし過去、ゲランは、名前が変わる=香りも変わる、名前が変わらない=香りも変わらないかほぼ変わらないを繰り返してきた。
おそらくこのルパンも、名前が変わるのだから間違いなく香りも変わると考えている。
変わるのではあれば、より素晴らしい香りに変わってほしい願いつつ、もしこの香りがなくなってしまっても、自分はまだ使い続けられると考えているときの表情は、ルパンのようかもしれない。