GUERLAIN
NAHEMA PARFUM(1979年) ※廃番
調香師:ジャン=ポール・ゲラン
おすすめ度:★★★★★
ゲランのもっとも素晴らしいローズと称された名香にとどまらず、香水史上最高のローズの香り。
私にとっての幸運は、ナエマ パルファムの香りに出会ったこと。
そして私にとっての不幸は、ナエマの香りを知ってしまったがゆえに、他のローズの香りに対して不感症になってしまったこと。
はたして、史上最高のローズの香りとはどんな香りなのか。
トップはフローラル・フルーティ。
スプレーするとローズピーチのとろけるような甘さに、クラシカルなアルデヒドが古めかしく絡むため、ローズやピーチのえぐみが鼻に付く、そんなオープニング。
ミドルはフローラル・フルーティ。
ところが5分ほど経ち、アルデヒドが落ち着いてくると、蜜を含んだようにみずみずしい、濃厚なローズが姿を現す。毎回、ここに驚く。
まるで野生の薔薇が目の前で咲き誇ったかのような力強さと、引き寄せられてしまう甘さ。奥からはイランイランの輝くような透明感や、ヒヤシンスの冷たくも感じるみずみずしさ、そして薔薇の枝葉の思わせるメタリックなグリーンが一体となって、ナエマという人工の薔薇を完成させていく。
やがて、その力強い野性味が落ち着いてくると、ライラックのコクや、蜂蜜の甘さが、ジャスミンの酸味が、薔薇の実のようなイメージに落ち着いていく。
様々な香りが入れ替わり、時間とともにその姿を変えていくため、薔薇の香りが呼吸しているようにも思えてくる。
ベースはローズ・オリエンタル・ウッディ。
ピーチを思わせるフルーティなローズは、さらに初蜜の甘さを加え、熟成していく。そこにペルーバルサムのスモーキーグリーンな甘さや、サンダルウッドの深みにバニラを加えた、オリエンタルウッディの香りとなり、そのままドライダウンしていく。
トップは混沌(カオス)、ミドルは人工的なローズ、ベースはオリエンタルのとても変化の激しい香り。実際に肌に乗せてみると、奥から湧き上がるような濃厚なローズは3時間くらい、そしてフレグランスらしい、ローズオリエンタルな香りは6時間くらい持続する。
私にとってナエマ パルファムは、あまりにも主張が強すぎるため、あくまで鑑賞用だ。実用するのであれば、オーデパルファンをお薦めしたい。
もちろん、ナエマのようなローズの香りは天然界には存在しない。ひと嗅ぎすれば、ナエマは、ローズのエッセンスのみを取り出し、これでもかと言わんばかりにオーバードーズしていることが感じ取れる。そしてここまで過剰投与しなければ到達できないであろう、他のローズを圧倒するような新しいローズの香りが見事に創り上げられている。
ジャン=ポール・ゲランが4年もの歳月を費やし、500回以上も試作した事実が、この濃厚なローズの香りをひと嗅ぎすれば実感できる。
尚、世界香水ガイドにはナエマは「バーチャル ローズ」と題されており、「この世のものとは思えないナエマの輝きは、並ぶものなき神々しいローズ」と書かれている。
暴力のようなローズの輝きと底なしの深み。ローズへの畏敬の念か、それとも冒涜か。ナエマは狂気すら感じる、孤高のローズの香り。
いったい何がジャン=ポール・ゲランをここまで駆り立てたのだろうか。