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ゲラン:ダービー

GUERLAIN

DERBY(2012年) ※廃番

調香師:ジャン=ポール・ゲラン

おすすめ度:★★★★★

 

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画像:公式HPより

 

2021年夏、1本のメンズフレグランスの傑作が姿を消した。

彼の名前はダービー。

かつてジャン=ポール・ゲランがチュニジアのエル・ジェムの円形闘技場を訪れた際に、古代ローマ軍のケントゥリオ(百人隊長)に思いを馳せて創られた香り。そしてダービーという名を持ちながら、ついに栄冠をつかむことなく廃盤となった不運の香り。

 

トップはシトラス・スパイシー。
重厚な黒い木枠のボトルをスプレーすると、まず鼻に付くのは、ベルガモットとビターオレンジのゲランらしいクラシカルなシトラス。そしてブラックペッパーのピリッとした苦みや、クローブの湿ったスパイシー感が、キリッとしたメンズらしい佇まいに仕立てている。このキリッとした印象は若々しさではなく、シトラスのビター感やスパイシーな焦げ感が立った、かなり渋いオープニング。
 
ミドルはフゼア・シプレ。
そんなビタースパイシーを拡散させつつ、タイムやローズマリーのハーバル感に包まれたカーネーションが香り立つ。辛みや土っぽさを帯びたカーネーションと、スパイシーハーバルを組み合わせた、フローラルフゼアの香り。
仄かにセージのゼラニウムのマロマティック感を添えながら、奥からはバーチやオークモスが、フローラルフゼアにスモーキーで苔っぽい深みを与え、フローラルのエレガントな印象を引き立たせていく。
そんなカーネーションを、シプレウッディが少しずつ包み込んでいく。
 
ベースはレザリー・ウッディ。
鼻先ではカーネーションの余韻を帯びたオークモスがクラシカルに香り、奥からはスモーキーなバーチを帯びたレザーの温もりが強くなっていく。カチッとしたクラシカル感と、すべてを包み込むようなレザーの深み。気品のある男性的な香りだと思う。オークモスがキリッとした印象からなめらかな表情に変化していくように、スモーキーなレザーはお香のような柔らかさやパチョリの深みを加えながらドライダウンしていく。
 
トップからミドルにかけてのスパイシーフゼアは季節を問わない。でも時間とともにシプレ、ウッディ、レザリーへと、柔らかくなめらかで包み込むような香りに変化するため、寒ければ寒いほどこの香りの優れた点が堪能できるのではと思う。
 
スパイシーなフゼアウッディから、シプレの丸みやレザーの深みを経て、最後はスモーキーなウッディレザーの香りまで、たっぷり8時間以上持続する。朝ウエストに1~2プッシュで夜までしっかり香る。オードトワレとは思えないような厚みのある香り。
 
あのひねくれものルカ・トゥリンから「ずっと残ってほしいと思う」「今まで世に存在した中で、十指に入る男性用」(『世界香水ガイド』より)とまでいわしめたその香りの素晴らしさは伊達じゃない。
ゲランの歴史を感じさせるようなクラシカルな味わい深さ、男性らしい逞しさや気品、さらには大人らしい包容力など、メンズフレグランスの魅力が詰まった傑作という表現に相応しい香り。
 
全体的な構成を見てみると、骨格はスパイシーウッディで、そのスパイシーとウッディの中間にフゼアとシプレを置くことで、流れるような香りの変化を楽しむことができる。
その結果、ダービーは往年のゲランの素晴らしさが色濃く出た傑作に仕上がっている。
 
多くのフレグランスは、トップやミドルにピークを迎える。特に近年の香りはその傾向が顕著で、トップやミドルは複雑なのに、ベースに進めば進むほど香りがシンプルになっていく(もちろんゲランも)。ところがクラシカルな香りは、トップよりミドル、ミドルよりベースに進むにつれて、香りが複雑になっていく。
 
ダービーの場合、クラシカルなスパイシーやフローラルが絡み合った、ミドルのシプレや、ベースのレザーウッディーは本当に素晴らしい。
元々、ダービーは1985年に発売されたが、あまり売れずに廃盤となった。そして2012年にメンズエクスクルーシブラインとして復活したものの、2021年にまた廃盤になってしまった。
良い香りなのに売れない。
私自身もダービーの素晴らしさが分かったのは、初見から5年以上経ち、廃盤ギリギリのタイミングで、もし廃盤にならなかったら、まだ買っていなかったのではないだろうか。というのも店頭で試しみても、ただただ渋いだけで、時間の経過とともに完成していく香りの奥行きまで捉えることができなかったから。

 

 

ちなみに初めてダービー(東京優駿)を観戦したのは1995年のこと。
皐月賞を制したジェニュイが2番人気(3.5倍)、2着だったタヤスツヨシが1番人気(3.1倍)と下馬評では本命馬不在の混線が予想されていた(結果はタヤスツヨシが優勝、2着がジェニュインと馬券は手堅かった)。
1995年のクラシック戦線は、サンデーサイレンスの初年度産駒旋風が起こっていた。そしてその中心にはフジキセキがいた。フジキセキは朝日杯3歳ステークスに勝利、皐月賞前哨戦の弥生賞も制し、クラシックレース大本命と目されていた。ところが皐月賞直前に故障が発生し、そのまま引退した。4戦4勝。どれほど強かったのか、その底力を見せぬままに。フジキセキは2戦目で後のダービー馬タヤスツヨシに完勝しており幻のダービー馬とも呼ばれた。
 

なぜだろう。ダービーはフジキセキの姿と重なる。黒光りする青鹿毛の馬体と、真っ黒な木枠のボトル。黄色主体の勝負服と、黄色い絵黄色。幻のダービー馬と、ダービーという名の不運のフレグランス。そして他を圧倒するような潜在能力。

 

ダービーの香りに包まれながら、あの頃のレースや個性的な競走馬に思いを馳せる。私にとってダービーは栄冠の香り。ベストオブ2021年

ボトルに「2021」を刻印した唯一の香り。f:id:captain_dora:20211230185703j:image