FREDERIC MALLE
SYNTHETIC JUNGLE(2021年)
調香師:アン・フリッポ
おすすめ度:★★★★★
画像:公式HP
シンセニック ジャングル(合成ジャングル)は、クレイジーな香りだと思う。
でも、これほど芸術的なミュゲの香りは、長いフレグランスの歴史において存在しなかったかもしれない。
フレデリック・マルによって、フレグランスの可能性やパフューマーの創造力は無限であることを示された。
自然を忠実に再現することも芸術であるとしたら、逆に人工的な自然を創り出すことも、もう一つの芸術ではないだろうか。
シンセニックジャングルは、アン・フリッポ初のマル作品である。
トップはグリーン・アロマティック。
スプレーした瞬間、ガルバナムグリーンのキーンとした雄たけびにたじろぐ。もう少し嗜好を整えても良かったのではと感じてしまうくらい、ストレートなガルバナムの叫びは、好き嫌いがはっきり分かれると思う。
ただ、絶妙に添えられたカシスが、ガルバナムの金属的なグリーンに水気を与え、一方でバジルがまるでジャングルのようにグリーンの色彩を色濃くしていく。
ミドルはグリーン・フローラル。
そんなジャングルのような濃厚グリーンに、ヒヤシンスの冷たげなフローラル甘さが寄り添ってくる。グリーンに囲まれることで、ヒヤシンスの持つみずみずしい蜜甘さが映え、その香りの可憐な美しさに吸い寄せられる。
そして、外を覆っていた刃のようなグリーンが、ヒヤシンスを中心としたグリーンフローラルとして丸みを帯びてくる頃、中心からミュゲの凛とした真っ白い花の香りが広がる。これだけグリーンに囲まれているからこそ到達できた、異物が存在しないピュアなミュゲの香り。
この透き通るようなミュゲに、ジャスミンの生々しさやイランイランの艶っぽさが生命を吹き込むことで、グリーンの額に収められた美しいミュゲの香りが完成していく。
ベースはグリーン・フローラル・シプレ。
やがてグリーンフローラルのグリーン部分のガルバナムは、ほんのりフルーティ甘さを含むことでみずみずしさを保ち、フローラル部分はキリッとしたオークモスやパチョリが加わることで、フローラルシプレの香りとしてまとまっていく。潔いくらいのグリーンやオークモスを効かせたシャープなグリーンシプレの香り。
それでも奥から、イランやジャスミンをしっかり残した、フローラル強めのいわゆるクラシカルなシプレの姿もしっかり感じ取れる。
最後はフルーティグリーンと、クラシカルなシプレから雑味を取り除いたクリアな香りとなり、ドライダウンしていく。
持続時間は5~6時間。スプレーした瞬間こそ、鼻を疑うばかりの強いグリーン。でも10分もすれば、ヒヤシンスとグリーンの調和を皮切りに、グリーンに包まれたフローラルが2時間くらい香り、そこから少しずつすっきりしたシプレに移ろっていく。
硬く鋭く、新緑のように濃いグリーンが最初から最後まで主張する、春にもっとも似合う香り。またフローラル自体もみずみずしくキリッとしているため、夏でも使いやすい。
シンセニックジャングルはその名前に込められているとおり、化学の力を取り入れることで、天然香料だけでは到達することができない、絵画のようにユニークで面白いジャングルの香りを創り出すことを目指したと思われる。
グリーンへの憧憬、天然香料への挑戦、そして合成香料を全面に出すことによる新たな香りの創造。フレデリック・マルは、エディション ドゥ パルファムに名を連ねるパフューマー達ではなく、アン・フリッポと組むことにした。
彼女は緑豊かな庭園に囲まれたフランス北東部で育ち、幼い頃から自然界と季節の変化(天候、季節、ライフサイクル)に異常な感受性を持っていたとのこと。
シンセニックジャングルの香りにひと度触れると、パフューマーの想像力に蓋されることなく、ジャングルに埋もれずに咲き誇る、美しくも力強い新たなミュゲの姿に感動する。
ミュゲの香りは、ローズやジャスミンとともに3大フローラルと呼ばれている。
しかし、ミュゲの花から抽出、蒸留された精油では生花の香りが再現できないとされる。合成香料を用いることで、いかにミュゲの香りを再現するのか。
これは香料、そしてフレグランス界の大きなテーマであり、例えば、ディオリッシモのように、ミュゲの香りを忠実に再現したフレグランスは名香として名高い。
アン・フリッポはそれを逆手に取った。合成にこだわったからこそ成し遂げることができた、混ざりもののないクリアなミュゲ。ナチュラルを越えた幻想的なグリーンの厚み。そしてグリーンフローラルへのオマージュ。それはミュゲの芸術的な頂。