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ミルコ ブッフィーニ:ム

MIRKO BUFFINI

MU(2014年)

調香師:ミルコ・ブッフィーニ

おすすめ度:★★★★☆

 

画像:公式HP

 

ミルコ・ブッフィーニは、ルネッサンスの荘厳な雰囲気が色濃く残る、イタリア フィレンツェで生まれた。哲学するフレグランスの作り手として注目を集め、その作品は「ブランドの中にブランドがある」と称され、世界中のファンを魅了しているとのこと。

 

2013年に約2年の月日をかけて発表された「THE BLACK」は、彼のファーストコレクションであり、最高の美しさとは個性ある美しさと定義し、「新しい大人」の個性を輝かせることを目的としているとのこと。

MUとは「無」、無限に広がる「無」のこと。

「無」は永遠を表現するシグナルであり、時空を超えて旅する気ままな旅人をイメージしたフレグランスとしている。

 

果たして「無」の香りとは、どんな香りなのだろうか。

 

トップはグリーン・シトラス。

スプレーすると、ベルガモットの透明感のあるみずみずしい甘さを、バイオレットリーフの爽快なグリーンが突き破ってくる。そこにナツメグの冷涼感や、ブラックペッパーの焦げ感がほどよいアクセントになっている。


ミドルはグリーン・スパイシー。

トップのみずみずしくも涼し気なグリーン感をしっかり残しながら、まろやかなブラックティーの香りが広がってくる。

このティーノートは、少しオゾン的なキュウリのような水気、ナツメグの冷たさとシナモンを温かさ、ペッパーやウッディの香ばしさがほんのり漂う。

それらのいずれかが特出することなく、繊細であり複雑、透明でスモーキー。その姿をはっきり捉えることができないが、でもそれらの香りは朧げながらも感じることができる。いつかいでも、なかなか飽きることにない香りだと思う。

 

ベースはウッディ。

ティーノートはみずみずしさや透明感を失うことなく、白イメージのウッディ(オリーブツリーとある)や、ミルラの心地良い甘さや、タバコリーフのスモーキーな印象を添えながら、ゆるやかにドライダウンしていく。

 

スプレーした瞬間こそ、みずみずしいグリーンが飛び出すものの、5分後、ティーノートが姿を現してからは、そのティーノートを軸に様々な香りが交錯し、香りは大きく変化することなく4時間くらい持続する。

 

季節はあまり問わない香りだと感じる。なぜなら、四季折々の個性と比較すると、このMUはあまりにも繊細で、四季それぞれに寄り添うように香ってくれるから。

 

1985年に制作されたヴィム・ベンダース監督のドキュメンタリー映画「東京画」は、小津安二郎監督の作品「東京物語」の舞台となった1953年の東京の日常風景がオープニングとエンディングにフィーチャリングされている。映し出される時代の異なる東京。「無」との対話。「無」の存在。纏う人によって無限に変化していく、透き通るような香り。(公式HPより)

 

「無」の対義語は「有」である。

本来フレグランスとは、シトラスやフローラル、スパイシーやウッディ、フルーティやグルマンなど、様々な香りという個性を着飾るため、そのほとんどは「有」といえる。

 

では、フレグランスで「無」を表現するとはどういうことだろうか。

このMUでは、中心にグリーンやティーが配置されているものの、グリーンはオゾンでみずみずしく整えられ、ティーはスパイシーで複雑で分かりにくくすることで、明確な個性が消されている。通常のフレグランスとはかなり異なる香り方で、間違いなく「有」ではない。

 

でも香りはする。それでも「無」なのだろうか。

ミルコ・ブッフィーニは、「有」とは異なる香りを提示することで、「無」の存在を肯定した。

「無」とは香りがしないということではない。季節の移ろいに身を委ね、個性を纏うのではなく、個性を高めるような、無限に広がっていく変化こそが「無」ではないかと教えてくれる。

 

そう考えると、MUは彼のフレグランスに対する哲学がもっとも体現された香りではないだろうか。