KILIAN
BACK TO BLACK -aphrodisiac(2009年)
調香師:カリス・ベッカー
おすすめ度:★★★★☆
画像:公式HP
バック トゥ ブラックは、ルーヴルノワール(愛が描く甘い誘惑の世界)コレクションとして2009年に発売された(現在はスモークのファミリー)。
暗闇に戻る。そのタイトルから、さぞかしブラック度強めの香りなのではと想像するかもしれないが、えてしてキリアンが織りなすブラックの世界は、バックライトを当てることで黒を浮かび上がらせた作品が多い。
インスピレーションにも「闇夜の下で輝く星々を抱く」とあり、黒のキャンパス地に煌めく光群をフォーカスした香りであり、ブラック度やダーク度で比較するのであれば、ブラックファントムやダークロードの方が黒く暗い。
むしろ副題に添えられている「aphodisiac(媚薬)」こそがメインテーマなのではと思う。
トップはハニー・フルーティ。
スプレーすると、ストレートな蜂蜜甘さを中心に、甘酸っぱいチェリーやラズベリーのフルーティ、ナツメグやカルダモンやシナモンなどのスパイシーが飛び交い、それらをアロマティックな甘いアーモンドが包んでいる。豊潤かつキレのある洋酒に、蜂蜜が浸されているイメージ。さらに奥から少しアニマリックなアクセントも見え隠れする。
鼻が甘さと刺激に混乱してしまう複雑なオープニングは、いつかいでも魅せられる。
ミドルはハニー・ウッディ。
そんな複雑に入り乱れた蜂蜜は、カモミールのようなみずみずしさを含んだまろやかな甘さと、ざらざらとした気だるい甘さとに少しずつ分離していく。
ざらついた蜂蜜の方に、ビターな煙草ウッディの香ばしさが絡み合うことで、香りの陰影が際立ってくる。このみずみずしさとビターさの対比がとても美しい。
1時間を過ぎた頃から、この蜂蜜と煙草ウッディの距離が縮まってくる。主旋律はどちらかといえば煙草の方で、煙草の香ばしい苦みの中から、とろみのある蜂蜜の甘さ、さらにはややパウダリーなバニラを含んだ煙草の香ばしい苦みが、どことなく退廃的に映り、個人的にはここの部分がもっとも好き。
蜂蜜と煙草が完全に融合すると、全体的な色味は黒から褐色に変化していくものの、その奥から漆黒のインセンスやアニマリックなセダーウッド、さらにはオークモスのアクセントが、蜂蜜煙草のスモーキー褐色味を引き立たせ、クラシカルな装いを加えていく。
小さなトリップを繰り返すように、ミドルはトータル5時間くらい持続する。
ベースはハニー・アンバー。
オークモスやオポポナックスの甘酸っぱいさが、蜂蜜煙草の褐色を淡くさせることで、奥のバニラやアンバーのパウダリーな白い香りへ一気に反転させる。さらにゼラニウムのようなフローラルをうっすらと立たせ、蜂蜜煙草をパウダリーな香りの包み込みながらドライダウンしていく。
全体では8時間くらい持続する、かなりロングラスティングな香り。
蜂蜜と煙草の分厚いミドル中心の構成のため、大きな香りの変化はなく、シングルノートに近い香りだと思う。
ムエットでかぐと、蜂蜜のざらざら感や煙草ウッディ、底にあるパウダリーなトーンが組み合わさり、渋く埃っぽく感じる。ところが肌に乗せると印象は一変する。蜂蜜のまろやかな甘さが引き立ち、香り全体に艶が出る。ムエットのみではなく肌に乗せることをおすすめしたい。
発売当時(2009年)と比較すると、ハニー・タバコ系の香りは溢れている。それでもバックトゥブラックに魅せられるのは、蜂蜜の気だるい甘さと煙草のスモーキーな味わいを融合させた香りを前面に出しながら、それらを全て包み込むようなパウダリーの心地よさが感じられるからだと思う。どこまでも渋く、どこまでも甘い香りではなく、終盤で見せる安心感がかなりクセになる。
同じくハニーを主役にしたキャント ストップ ラビング ユーでは、ハニーのみずみずしくも軽やかな甘さが、フローラルと重なることで恋の躍動感を表現していた。
バックトゥブラックではみずみずしい部分はスパイシーやフルーティで酒のように装飾され、甘い部分は煙草と合わさることでダーク味を帯びている。
白と黒のハニー。この2本の比較も面白いと思う。